危険な計画をたてる

危険な計画をたてる

カテゴリー:目標

あなたは、未来の計画をたてるとき、
過去の経験を元に、線を引いていませんか?

 

過去の経験から、自分は、この程度だと推し量り、
「自分が出来るのは、このぐらいまでだ」
というふうに制限を設けてしまうことはないでしょうか?

 

ある作業をするのにどれぐらいの時間で
出来るかを把握し、
それを元に計画を立てるというのは、
合理的でいいと思います。

しかし、把握していると思っていたことが
間違いだったらどうでしょう?

会社員時代、某国に大型の製品(理化学機器)を納入しに
いったことがあります。

分解して搬入された部品を組み立てて、
電源を入れ、動作確認をするまでの作業に
二週間ぐらいかかるのですが、

納入の計画表を提出してくれと言われ、
一日ごとの予定を書いて出しました。

ところが、実際は、予定よりも早く進んで、
次の作業に移ろうとしたとき、
「待った」がかかったのです。

 当時、その国は、計画どおりに物事を進めていく
という制度があり、
スケジュール表に忠実な活動が求められました。

おかげで、時間は、たっぷりあるのに、
その日は、作業を中止せざるをえませんでした。

自分のことを過小評価し、安全な計画表を
だしたため、こんなことになりましたが
逆に過大評価して危険な計画表をだしたとしたら

お客様もそれにそうよう手伝ってくれ、
ずいぶんと捗ったかもしれません。

 謙遜という言葉があります。
私も、いろいろなことを謙遜してしまいますが
その言葉の裏には、「謙遜しておけば安全だ」
という心理が隠れているように思います。

しかし、謙遜は、自分の過小評価につながり、
過小評価に基づく計画をたてると、
自分の限界を超えることは出来ません。

成功経験が少ないと、できなかったことばかりが
自分の評価につながり、うまくいったことは、
まぐれだったと片付けてしまいがちになります。

しかし、それは真実でしょうか?
もし、失敗体験だけが真実だと言えるなら、
少ない成功体験でも真実だと言ってもいいのではないでしょうか?

 

うまくいったこと、
人に褒められたこと、
パフォーマンスを発揮できたと思ったことを洗い出して、
その点だけを集めて線を引いてみたらどうでしょう。

始めに思い描いたものとは別の未来図が描けませんか?

自分にとって危険だと思えるような計画をたてるほうが
ワクワクしますよね。

どうせ計画をたてるならワクワクする計画をたててみましょう。

この記事を書いた人

尾田 譲二
尾田 譲二
インターネット黎明期に日本初の漫画合作仲介サイトを起ち上げるが、やりたくてはじめたことなのに事業化の過程で、自分が本当にやりたいことなのが何なのかわからなくなり、長い鬱状態に陥る。2013年に出会ったパッションテストで、情熱を再発見。長い迷路からようやく抜け出し、再起を目指している。

著書に電子書籍「ストーリービルダー」がある
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